痛みの記憶5

ここまで書いてみると、
何と苦しく我慢ばかりしていたのだろうかと思う。

身体は疲れて病む一方で、、
バカみたいではないかと悲しくなってしまう。

けれど、そうなってしまうのが私というひとだった。




実際、私の精神状態はあまりにも良くなかった。
良くない状態は物心つくころからすでにあった。

8歳の時、「空しいから死にたい」と母に言った。

「怖い」「空しい」がとにかくどっかりと心を支配していた。

3,4歳なんて、肉体を持った人生経験がほとんどないのに、
どこからこの思いが生まれたのか、
いつも疑問に思いながら生きてきた。



3年ほど前、再び心が辛くなり過ぎて
心理カウンセリングを受けた。

そこで、これらの「怖い」「空しい」は
「外的自我境界が弱い」と言いますと教えてもらった。

「特に名前を付けたり、気にする必要はないのだけどね。
そう言うのをレッテル貼(ラベル貼だっただろうか?)と
言うんだよ。」とカウンセラーは付け加えた。

だけど、学校生活は大変だったでしょう、と。

はい、とても大変でした。

とにかく、人の目や思いがたくさん気になり過ぎて、
へとへとになってしまうのだ。




幼いころ、異常に人見知りで、
ニコリともせずに固まったまま、いつも母の後ろに隠れていた。

食欲もあまりなく、
ブランコに乗せても漕ごうともせずに
じーっと座っている娘を、母は不安な思いで育てたことだろう。

幼稚園も小学校も怖くて行きたくない。

無理やりにバスに載せられて、毎日泣きながら通園していた。

初めてピアノのレッスンに行った時に、
一人でひけずに、母の指を一緒に持っていった。

友達と遊ぼうとしないので、母が友達に、
ようこと遊んでくれる?と電話をかけて、
遊びに行く。

けれど私は、わーい!と元気に遊ぶ事はなく
静かに人形で遊ぶ。

本当は、編み機でセーターを編む母の側で
静かに遊んでいる事が好きだった。

友達が多く社交的な母は、子供にもまた同じように
元気にみんなと遊んでほしいと思ったに違いない。




17歳で痛みを発症したころも
学校生活の中で大きな不安と焦りが渦巻いていた。

周りに人たちが、あまりにも元気で意気揚々と
そして、賢く見えた。

よーいドン!で社会という大海に勢いよく泳ぎ出す人たちを横目に
私は、泳げないと駄々をこねて、泳ぎだせないでいる
というイメージが浮かぶ。





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by shugeibu45 | 2016-10-24 13:19 | 痛みの記憶(体験記) | Comments(0)