痛みの記憶5-2 外的自我境界が弱いとは?

「外的自我境界が弱い」とは何だろう。

カウンセラーさんが例えて教えてくれたのは、

「向こうの方でガチャンッとガラスの割れる音がするとするでしょ、
そうすると、自分が痛い!と感じるの。」

それ分かります。それ、あります。


近くの山の小川には、数年前まで生活用水が流れ込んでしまっていた。

その小川には色々な鳥がいるけれど、
鴨が水浴びをしたり、潜って餌をとっていることもある。

そうすると、汚れた水をまるで自分が飲み込んだように感じて
苦しくなり気持ち悪くなる。

汚染された水を取り込んでしまった鴨が
これからだんだん具合が悪くなって、
どうやって生きていくのだろう・・・と考えて、
リアルに想像してしまう。


いろんな場面でいちいちそういう事を考え、
自分の事のように感じ、想像してしまう。


だからこの頃は、
テレビで事件のニュースなどを見ることを控えている。



(追記)
見ることを控えているといっても、
家族がいるのでテレビはついています。
全くシャットアウトしていることではありません。

先日は、遠藤周作さんの映画化された「沈黙」の
キリスト教信者の処刑や拷問のシーンが流れていました・・・

私はラジオを聴くことが好きです。

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by shugeibu45 | 2016-11-28 13:08 | 痛みの記憶(体験記) | Comments(0)