味覚から、ふと昔を思い出す。

良いことも、切なくて苦いこともある。

「その話、アンタよく言ってる。」と
言われてしまうようなことって誰でもあると思うけれど、

私のそれの一つは、アメリカのチョコレート。

ざらっとした舌触りと大味な風味。

滑らかなのが良いのかどうかは分からないけれど、
いまだに、日本のチョコレートのクオリティの高さには驚いてしまう。



34年前の10月の事。

父がアメリカに出張に行って、
着いて間もなく脳梗塞で倒れて危篤となり、
知らせが来て、みんな動転した。

朝起きて居間に降りて行くと、
母の友達がこたつで一緒に寝てくれていた。


母は大使館に出向いたり、あわただしく渡米の準備をして、
その翌日、雨が降りそうな空の日に、
少し泣きながら父を迎えに旅立った。

その寂しそうな後ろ姿に、
一緒に行ってあげればよかったと思ったよ、と
後から母の弟は言っていた。

ひとはそういう優しい気持ちに支えられる。




父は一命を取り止めて、
それからひと月半、飛行機に乗って帰れるようにリハビリを受けた。




私と妹の面倒をみるために、色んな親せきが交代で来てくれた。

私は学校では友人関係で辛かった。

寂しいことも不安なことも我慢して、何でもないふりをしていた。

だから、家ではやっぱりとんがっていた。

10歳の私は、不安で寂しくて辛いんだよ、と言えればよかったね。




アメリカ人の医師が父に言った
「パールハーバーの日に返してあげますからね。」という言葉を、
母は何年経っても忘れられない。

街中のクリスマスの飾りつけと共に
寂しくて不安な日々を思い出す。



12月8日、日本では9日になっていたと思うけれど、
叔父が連れて行ってくれるというので
学校を休んで成田空港に両親を迎えに行った。


叔父が途中の駅の売店で買ってくれたアメリカ製のコインチョコレート。

ざらっとして、何か独特なおかしな風味がする…。


アメリカのお土産に母が買ってきたミント味のチョコレートも衝撃的だった。

まだ日本にはミント味は、ガムしかなくて、
チョコレートに歯磨き粉の味をサンドするなんてどうして!?と思った。



めったに口にする事はないけれど、
アメリカ製のチョコレートを口にすると
ふと思い出してしまう、
切なくて寂しい、不安な気持ち。






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 Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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# by shugeibu45 | 2016-12-08 14:04 | 日々の出来事 | Comments(0)

12月17日に神奈川県の相模大野にて
かっこちゃん初監督映画「銀河の雫」上映会と講演会があります。


映画のサブタイトルは「はじまりはひとつ」。
みんなで幸せになろうという、いつも言っておられる思いや、
かっこちゃんが湧き上がる思いを持って、ネパールで撮影した映画。

きっと優しくて、心や魂がほっと安心するような
優しい映画なのかな。。と思います。



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チケット申し込みフォーム  こくちーず
http://kokucheese.com/event/index/432696/





この映画の支援のひとつとして作られた絵本「ひとつぶのなみだ」の販売を
このイベントでさせていただくことになりましたので
どうぞよろしくお願いします。

http://eiga377.wixsite.com/robanomimi-eiga/blank-8

http://eiga377.wixsite.com/robanomimi-eiga/blank-7


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 Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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# by shugeibu45 | 2016-12-01 19:21 | イベント | Comments(0)

「外的自我境界が弱い」とは何だろう。

カウンセラーさんが例えて教えてくれたのは、

「向こうの方でガチャンッとガラスの割れる音がするとするでしょ、
そうすると、自分が痛い!と感じるの。」

それ分かります。それ、あります。


近くの山の小川には、数年前まで生活用水が流れ込んでしまっていた。

その小川には色々な鳥がいるけれど、
鴨が水浴びをしたり、潜って餌をとっていることもある。

そうすると、汚れた水をまるで自分が飲み込んだように感じて
苦しくなり気持ち悪くなる。

汚染された水を取り込んでしまった鴨が
これからだんだん具合が悪くなって、
どうやって生きていくのだろう・・・と考えて、
リアルに想像してしまう。


いろんな場面でいちいちそういう事を考え、
自分の事のように感じ、想像してしまう。


だからこの頃は、
テレビで事件のニュースなどを見ることを控えている。



(追記)
見ることを控えているといっても、
家族がいるのでテレビはついています。
全くシャットアウトしていることではありません。

先日は、遠藤周作さんの映画化された「沈黙」の
キリスト教信者の処刑や拷問のシーンが流れていました・・・

私はラジオを聴くことが好きです。

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# by shugeibu45 | 2016-11-28 13:08 | 痛みの記憶(体験記) | Comments(0)

クリスマスのブローチ


クリスマス用のブローチが出来ました。


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作品を置かせていただいている
喫茶店パペルブルグのオーナーさんに
クリスマス用のをとご提案を頂き作りました。




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美味しいコーヒーやお茶を楽しみながらご覧ください♪



八王子御殿山パペルブルグ
http://www.burg-kaffee.com/pappelburg/index.html



Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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# by shugeibu45 | 2016-11-24 12:49 | 陶器風ブローチ | Comments(0)


喫茶店 八王子御殿山パペルブルグにて
作品の販売をお願いしております。

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陶土のブローチ、がまぐち、
カードケースなどが並んでいます。

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美味しいコーヒーを飲みながら
お手に取ってゆっくりご覧ください。



八王子御殿山パペルブルグ
http://www.burg-kaffee.com/pappelburg/





Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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# by shugeibu45 | 2016-11-04 09:55 | 陶器風ブローチ | Comments(0)

美味しい秋

熊本の友達がクルミをたくさん拾って、
ごしごし洗って送ってくれました。
有難いです!

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水に付けて、オーブンで5,6分焼くと
先っぽがパカッと割れるので
クルミ割ハサミで割って、
金串でほじって取り出します。

こういう作業も楽しいです。




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山形の親せきは紅玉を送ってくれました。

シナモンやオリーブオイルを入れて
焼きりんご風の味にして煮ました。

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秋の美味しいは可愛くて嬉しい。


Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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# by shugeibu45 | 2016-11-01 10:02 | 食べもの | Comments(0)

痛みの記憶5

ここまで書いてみると、
何と苦しく我慢ばかりしていたのだろうかと思う。

身体は疲れて病む一方で、、
バカみたいではないかと悲しくなってしまう。

けれど、そうなってしまうのが私というひとだった。




実際、私の精神状態はあまりにも良くなかった。
良くない状態は物心つくころからすでにあった。

8歳の時、「空しいから死にたい」と母に言った。

「怖い」「空しい」がとにかくどっかりと心を支配していた。

3,4歳なんて、肉体を持った人生経験がほとんどないのに、
どこからこの思いが生まれたのか、
いつも疑問に思いながら生きてきた。



3年ほど前、再び心が辛くなり過ぎて
心理カウンセリングを受けた。

そこで、これらの「怖い」「空しい」は
「外的自我境界が弱い」と言いますと教えてもらった。

「特に名前を付けたり、気にする必要はないのだけどね。
そう言うのをレッテル貼(ラベル貼だっただろうか?)と
言うんだよ。」とカウンセラーは付け加えた。

だけど、学校生活は大変だったでしょう、と。

はい、とても大変でした。

とにかく、人の目や思いがたくさん気になり過ぎて、
へとへとになってしまうのだ。




幼いころ、異常に人見知りで、
ニコリともせずに固まったまま、いつも母の後ろに隠れていた。

食欲もあまりなく、
ブランコに乗せても漕ごうともせずに
じーっと座っている娘を、母は不安な思いで育てたことだろう。

幼稚園も小学校も怖くて行きたくない。

無理やりにバスに載せられて、毎日泣きながら通園していた。

初めてピアノのレッスンに行った時に、
一人でひけずに、母の指を一緒に持っていった。

友達と遊ぼうとしないので、母が友達に、
ようこと遊んでくれる?と電話をかけて、
遊びに行く。

けれど私は、わーい!と元気に遊ぶ事はなく
静かに人形で遊ぶ。

本当は、編み機でセーターを編む母の側で
静かに遊んでいる事が好きだった。

友達が多く社交的な母は、子供にもまた同じように
元気にみんなと遊んでほしいと思ったに違いない。




17歳で痛みを発症したころも
学校生活の中で大きな不安と焦りが渦巻いていた。

周りに人たちが、あまりにも元気で意気揚々と
そして、賢く見えた。

よーいドン!で社会という大海に勢いよく泳ぎ出す人たちを横目に
私は、泳げないと駄々をこねて、泳ぎだせないでいる
というイメージが浮かぶ。





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# by shugeibu45 | 2016-10-24 13:19 | 痛みの記憶(体験記) | Comments(0)