昨年の12月に、かっこちゃんがメルマガで
私のブログの体験記「痛みの記憶」を紹介してくださいました。

そこには他人の痛みをまるで
自分が体験したかのように感じることを書きました。

http://miyakatsu.ti-da.net/d2016-12-17.html

痛みの記憶
http://shugeibu45.exblog.jp/24745183/
http://shugeibu45.exblog.jp/24981964/


そして、かっこちゃんが以下のコメントを書いてくれていました。

(コピーして貼りつけたら、字体と色がまぜこぜになって治せませんm(__)m)

~~~~~~~~~~~~
ようこちゃん、わたしも、ニュースを見ると痛くなるし、つらくなります。おんなじ
なのかな?

こんなわたしを脳外科医のひろじちゃんが、「かっこちゃんは共感能力が長けている」と褒めてくださいました。「それはとてもいいこと」って言ってくださったのです。

わたしも小さいときに、誰かが痛いと痛くなって、泣いてしまう自分がきらいでした。

そしてそんな自分を持て余してしまいました。今も誰かが注射をされるのを見ることもできません。

でも今は、ひろじちゃんも褒めてくださったし、それが自分。それでいいと思えるようになりました。

ようこちゃんはどうなのかな?今はどんなふうに感じておられるのでしょう。

わたしはようこちゃんの作る粘土の作品が好きです。鳥はまるで飛んでいるようにようこちゃんが感じて作ったのかなと感じるほど、楽しそうに見える。花もようこちゃ んが花になったように、作ったのかなと思うほど、うれしそうに見える。

きっとようこちゃんが持っておられる力なのだと思います。

きっと相模原の今日のイベントにはようこちゃんの作品が置かれているね。楽しみです。


かつこ

~~~~~~~~~~~~~~


どうもありがとうございます。

そうですね。
共感脳なのですね。

その仕組みが書かれている本があります。

前々回紹介した本の著者 苑田純子さんの新刊です。

https://highlysensitiveperson.jimdo.com/

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” 炭鉱のカナリア ”

本当に・・・。

そんなに反応しなくてもいいだろうに、、、と思うほどです。

HSP(Highly Sensive Person。敏感すぎる人)の人が
住める場所には、他の人も安全に住める、って

確かにそうですね(苦笑)



どうして過敏な人がいるの?

それは遺伝子なのだそうです。

大昔のこと、
大型動物に比べてとても弱い存在だった人間は
集団で助け合って生き延びきました。

集団行動をするうえで、相手の思いや考えを
いち早くくみ取る必要がありました。

そこで、相手の思いを受け取れる能力のある
並外れた過敏な人が必要だったのかもしれない、みたいです。

つまり生存戦略。



それから、

人にあるミラーニューロンという神経は
相手の行動を鏡のように映してしまう神経。

HSPの共感力の高さは、
ミラーニューロンシステムの働きが強いためらしいです。

心だけでなく相手の身体感覚まで同調すれば
より深く相手のことを理解できるのだと、、、。


え~、そうだったのか、、、
疲れるなぁ~(+o+)


この本には仕組みと対処法が書かれているので、
へ~!そうだったのか!とガッテンボタンを
何度も押してしまいます。



‟当人にとってとても煩わしく感じられるこの性質が、
どうして進化の過程で淘汰されずにHSPに残されたかと考えると、
人間に有害なものとして
HSPが人よりも早めに拒否反応を示すことに寄って、
社会に早期に警鐘を鳴らすという
一種のカナリア的役割を果たしているのかもしれません。”

”現在の環境汚染やストレス社会において、
高い感受性で自分たちを守らないと
生きていけない時代になりつつあることを
代表して示してくれてるのかもしれない。”

と、前に紹介した苑田純子さんの本
「過敏すぎて困っている自分の対処法」の中で
医師が推薦文を書かれていました。



私の担当だった先生も、
「洗剤に関しては(過剰な匂いをつけるなど)、
もうとってもおかしな事になっているんだよね、、、」
と言っていました。



かっこちゃんは自分のそういう過敏な部分の能力を
とても良い方向に引きだして生きておられると思います。

私は、身体は痛いし、心は苦しいし、
生き辛いことの方によりフォーカスされてしまっていました。


かっこちゃんの言うように、
みんなで理解し合いながら、
出来ないことを補いあいながらみんなで生きていく、
その事でより安心して生きていけますよね。



本の中には、
「何よりも大切なことは理解ある専門家と出会う事」とあります。

私は2年前からホメオパシー(同種療法)を受けていますが、
ホメオパスのうっちゃんは理解がありました。

どうして分かるの?とよく聞いてしまいます。

今はとっても元気に活き活きと活動的ですが、
幼い時には壮絶な痛みや不調を経験しているし、
電磁波やいろんなものに不快を感じるというので、
何らかの敏感さがあるので理解が出来るのでしょうか。
とてもナティラル大好きなうっちゃんです。

理解と自然の力で自分の治癒力を引き出すこの療法は
自然でいいなと思います。



別の友達もとても過敏気質で、
10年前に痛みを発症して、寝たきりを経験したそうです。

そんな時に、気功の先生や理解してくださる方と出会い、
がむしゃらにただただ実践し続けたおかげで、
不調はほとんど治ったそうです。

今は私を励ましてくれて、応援し続けてくれています。



みなさん共通しているのは信念があり、
治したい気持ちが強い気がします。

それから、
自然の力により穏やかに回復しているようです。


私も自分の事を、かっこちゃんや回復したみんなのように
「~だからいいんだよ」と認められたり、
恐怖や不安を手放し、もっとリラックスして、
自分らしく生きていけるようになりたいです。



おそらく、過敏のために不調を抱えている多くの方は、
周りの方に理解されずに、人と逢いたいのに疲れやすいし、
とても孤立感を感じていると思います。

こういった本は、自分だけではなく、
家族や周りの方にも読んでいただき、理解してもらえる事で
安心して生きていけるようになるかもしれませんね。


 Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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by shugeibu45 | 2017-03-22 13:40 | 化学物質過敏症 | Comments(0)

ちょうど一年前のこと、
3月に担当医が退職されると同時に、
シックハウスアレルギー科が閉鎖されてしまいました。

やっと半年前にたどり着いたのに。

特に処置や治療法はなく、
苦しくなるような化学物質を避けるしかないので
何度も通う必要も無いかもしれないけれど。

どこのクリニックでも、クリーンルームの維持費がかかり
経営が大変との事らしいです。

先生は、「本当に信じられないんだけど、、、」と無念に思われていて、

「くれぐれも 気を付けてね、、、。」と丸で親のように
何度も言ってくださいました。



最後の受診日に診断書を書いていただきました。

先生は、多くの患者が葬祭などの時に
無理をして体調を崩してしまう事を心配下さっていて、

『タバコの臭いや柔軟剤、洗剤の臭いで苦しくなりますので、
このような状況の時離れるなどのご対応をお願いします。
線香や煙など避けてください。花のにおいに刺激を受けることもあります・・・。』と書いてありました。



・・・・・

痛みは整形外科や脳神経外科で脳脊髄液減少症、線維筋痛症、
過敏はアレルギー科で化学物質過敏症、
嘔吐や胃腸の不調は内科、
目から来る疲労は眼科、
鬱は精神科 などと、
みんな別々のクリニックにかかって
それぞれの病名を付けられます。

初めは分からないから、
それぞれ別の物としてとらえる場合が多いと思います。

私の場合は、それぞれの科で薬をもらっても
一時の気休めのようなもので…。

結果として出てきている症状だけを見るのではなく
全体として見ることが大切ですね。

身体と心を全体として診ているホリスティックの医師に
診て頂いた時にはとてもホッとしました。


それらを引き起こしている大元が
過感すぎることにあるかもしれない。

気が付いてはいたけれど、
本を読んでみたら、自分の事のように色々書かれていて
やっぱりそうなんだと思いました。

私の場合は、首や腰の痛みに関しては、
実際にスポーツなどで傷めた不具合もあるだろうから、
両方のケアが必要とは思いますけれど。


前に診て頂いていた鍼の先生が
過敏の同じ本を読んでいて、
「確かにそうかもしれないね。
治す事よりも、コントロールを学ぶことですね。」とメールをくれました。




”「小さいことにクヨクヨするな」と言われてもダメなのです。
そもそも小さいことを拾い、その意味を判断し、
安全か危険かを見極めるのがこうしたタイプの特徴なのですから、
自動反応で気になってしまい、そういう細かい自分を情けなく思ってしまう・・・”(本「敏感すぎて困っている自分の対処法」より)


コントロールが必要です。


1月2日に再放送をしていた
NHKスペシャル「キラーストレス」の中でも、
ストレスが身体と心に与えるメカニズムと対策法を
教えてくれています。

本もあります。

痛み(線維筋痛症)の主治医が
いつも適当なところを読み聞かせしてくれます^^


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 Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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by shugeibu45 | 2017-03-20 13:25 | 化学物質過敏症 | Comments(0)

子供の頃に鼓笛隊に入っていました。

近くの小学校でイベントがあり、演奏を終えて、
ホッとして、ようやく帰宅という時に、

母が周りの友人に
「これからうちに来て、ホップレートでホットケーキ作らない?」と声をかけました。

みんなは、わーい!行くー!と大喜びです。

私はイベントですでに気力を、体力を使い果たしているので、
ぐったりしていて、早く一人になって休みたいな、、と
思っていました。

今から更にみんなで遊ぶということに、本当にびっくりしました。

みんなは疲れていないのだ、、ということに気が付いて、
みんなの元気さに、ことあるごとに驚愕するようになりました。

それと同時に自分の気力、体力の無さは何なのだろうと思うのです。



今でもイベントなどでは、ぎりぎりに行かせてもらい、
早くに帰らせてもらっています。

準備や後片付などをみなさんに任せっきりにしてしまい、
本当に申し訳なく思っています。

あまりに過敏なために、
情報量が多くなると気力体力を使い果たしてしまい
へとへとになります。

それが痛みになり、そして寝込んでしまいます。

一人になり、神経をなだめて、回復する時間が必要のようです。

どうして自分はこうなのだろう、、、と情けなく思い、悩みます。


気力体力のバッテリーが
みんなが単1電池だとしたら、私は単4くらいなのかなぁと思います。
ボタン電池くらいかもしれませんが、、、(~_~;)

・・・・・

前回の本「鈍感な世界に生きる 敏感な人たち」に続いて
出会った本は、

苑田純子著「敏感過ぎて困っている自分の対処法」

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ここには、そんな風に私が困っていた
敏感すぎる自分の事について、更に詳しく書かれていました。

‟ 性格 ” と思われて見過ごされていたHSP気質について
日本でも研究されている方がいらして、
経験や対処法を書いてくださっていて、感謝です。


やはり、著書の苑田さん自身がHSP(敏感すぎる人)です。

そして体の痛みや不調で寝たきりとなってしまいました。

何とか自分の不調の原因を探り、
仕組みを知り、対処法を見つけるぞ!と奮起し、
調べ上げ、研究されて、

そしてたどり着いたのは、
拍子抜けするような ‶ 敏感すぎる気質、HSP ” だったそうです。

https://highlysensitiveperson.jimdo.com/プロフィール/

大学で論文を書かれました。
https://highlysensitiveperson.jimdo.com/紀要論文/


アメリカのHSP研究者エレイン・N・アーロンさんのHPより
http://hspjk.life.coocan.jp/index.html

HSP尺度のチェック項目
(追記:掲載には許可が必要のようでしたので、許可が下りたら掲載しますm(__)m なおチェックリストは、アーロンさんのHPよりご覧いただけます。)

・・・・・

 Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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by shugeibu45 | 2017-03-17 15:15 | 化学物質過敏症 | Comments(0)

この頃、〝敏感すぎて生きづらい人の~”という内容の本の広告を
いくつか見かけるようになりました。

気になって調べて、いくつか取り寄せてみました。


初めに届いたのはこの本
「鈍感な世界に生きる 過敏な人たち」イルセ・サン著


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びっくり!

デンマークの方が書いたその本の中には、
私の事が書かれていました。

生きづらい、、、と思いながら、悩み続けていた問題。
それは過敏な気質。

この気質の事を研究されている方々がいたのですね。

それは牧師であり、カウンセラーのご自身も
そうであるからのようです。


世の中の約5人に1人が敏感気質で、
HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)というそうです。


本の中にある、どのくらい敏感かを調べるテストをしてみると、
私はかなりの高得点。

性格が問題なのかと思っていたし、
自分だけかと思っていたこのおかしな状態は、気質。

いや、それは分かっていたのですが、、、

今まで、自己啓発のような本をいくら読んでも
しっくりきませんでした。

いえ、、私の悩みはそれ以前の自分のおかしな、
繊細すぎる気質なのだけど、、、いう感じ。

けれど、そこが中々理解されずにいました。


もっと早く、10歳くらいの時に
この内容の本に出合っていたかったなぁと思いました。



先日、この本を精神科の受診の時に持って行って見せると、
「そうだよ、あなたこれだよ。」って。
「音やにおいだけじゃなくて、人にもそうなんだよね。」と。

え!?あ、はい。分かっているのすが、、

当たり前のことなのに、
先生が理解されていたことに何だか驚いてしまった。
当たり前なのにね。

そのくらい、自分の世界の中だけで
おかしなことが起こっているのだと思っていたのです。




以下、アマゾンの本の紹介を貼りつけさせてもらいます。
https://www.amazon.co.jp/dp/4799319787?_encoding=UTF8&isInIframe=0&n=465392&ref_=dp_proddesc_0&s=books&showDetailProductDesc=1#product-description_feature_div

・・・・・

内容紹介

なぜこんなに音・におい・相手の表情が“気になってしかたがない"のか?
あなたは、「神経質」でも、「忍耐力がない」わけでもありません。
敏感さは、愛すべき「能力」です。


5人に1人が該当するHSP(とても敏感な人)が
生きづらい世の中を‟敏感さを武器"に強く生き抜くヒント

★「HSPチェックリスト」「HSPのためのアイデアリスト」付き

.:*:.。oOo。もしかしたら、あなたもHSP?。oOo。.:*:.
□毎日、1人でいる時間が必要
□勘が良く、嘘を見破るのが得意
□テレビで暴力シーンを観ると、何日も影響されてしまう
□空腹や寒さを感じると、そのことが頭から離れなくなる
□仕事中、監視されているとストレスを感じる
□美しい自然や芸術作品をみると、喜びで胸がいっぱいになる


●もくじ(一部抜粋)
第1章 鈍感な世界に生きる「敏感な人」とは
・5人に1人がHSP(とても敏感な人)
・HSPは生まれもった気質
・HSPの能力1 一度に多くの情報を吸収できる
・HSPの能力2 音やにおいなどの微細な違いも察知できる
・HSPの能力3 ゆっくり、深く多角的に考えられる
・HSPの能力4 とても慎重で、危機管理能力が高い
・HSPの能力5 共感力が高く、気配り上手
・HSPの能力6 誠実で、責任感がある
・HSPの能力7 想像力が豊かで、内的生活が充実している
・表面的にはHSPに見えない人もいる
―外向的なHSP・刺激を求めるHSP
・タイプ分けすることの利点と難点

第2章 「敏感な人」が抱えやすい心の問題
・HSPが抱えやすい心の問題1 自分自身に高度な要求をしてしまう
・HSPが抱えやすい心の問題2 罪悪感と羞恥心に苛まれてしまう
・HSPが抱えやすい心の問題3 恐怖心を感じ、憂鬱になりやすい
・HSPが抱えやすい心の問題4 怒りをうまく放出できない

第3章 「鈍感な人たち」とうまく付きあうには
・方法1 周囲の人に自分がHSPであることを伝える
・方法2 自分の限界点をはっきり伝えておく
・方法3 休憩や散会の時間を事前に約束しておく
・・・など11の方法をご紹介

第4章 「敏感な自分」とうまく付きあうには
・方法1 HSPの能力を楽しむ機会をつくる
・方法2 五感から過度に刺激を受けないための対策をとる
・方法3 過度な刺激を受けたら、じっと自分の内側に集中する
・・・など8の方法をご紹介

内容(「BOOK」データベースより)

なぜこんなに音・におい・相手の表情が“気になってしかたがない”のか?「交友関係は狭いけれど深い」「競争や諍いは苦手だからしない」「ゆっくりだけど深く考える」…5人に1人が該当するHSP(とても敏感な人)が生きづらい世の中を“敏感さを武器”に強く生き抜くヒント。

著者について

イルセ・サンIlse Sand
心理療法士。デンマークのオーフス大学で神学を学び、C・G・ユングとキルケゴールに関する修士論文を執筆。また、いくつかの心理療法的アプローチの訓練を受けており、デンマークの心理療法協会の会員でもある。数年間、デンマーク国教会の教区司祭を務め、現在はスーパーバイザー、トレーナー、講演者、セラピストとして活動している。
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 Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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by shugeibu45 | 2017-03-15 10:18 | 化学物質過敏症 | Comments(0)

痛みの記憶6

大学生活は、あちこちが痛いと言いながらも、
まだ何とか何とか無理してやっていた。

3年生になる頃には、
ツナギを着て、溶接や鍛金をしていたのだけれど、
どうにもこうにもやれなくなっていた。

先生達も親切で、
自分のペースで出来る範囲ですればよいと言ってくださった。

けれど、腰や背中や首や全身が痛くて、
そこにいることすら辛く、
通う事すらできないところまできてしまっていた。




休学とか退学を考え始めていた。

同級生や先輩や先生からは、
今まで頑張ってきたのにやめるなんてもったいない、
という意見がほとんどだった。

自分でも、今までお金も沢山かかってしまって、
親にも申し訳ないと思っていた。


そんな中でたった一人、「やめてよい」と言う人がいた。

その子とはクラスメイトだけど
ちゃんと会話をしたのは、あの時、帰りのスクールバスの中で。
それが最初で最後だったと思う。

私が身体の事で学校に通えなくなってきて、
やめるかどうか迷っていることを話すと、

「えー!?そんなになっているのに、無理することないじゃん!
やめなよ!やめていいよ!」とキッパリと言った。

実は私はその子の事が苦手だった。

言いたいことを言って、好きなことをして、
キラキラして、イケイケで楽しそうにして、
ちゃんと自分を生きている人。

羨ましくて、眩しかった。
エネルギーが強くて、
気後れするから苦手意識があったのだった。



その子が、やめなよ!と言った瞬間、ストンと納得した。

安心して泣きたい気持ちで、
そう!ありがとう!と思った。


自分の中ではもう決まっていたのだ。
ノートにも結論は書いていたのだ。

もう頑張らなくてもいい。やめてもいいのだよ、と
誰かに言って欲しかったのだと思った。

それが自分でさっさと出来ていたら
そんなに辛くなるまでがんばろうとしなくても
よかったのにね。




休学の手続きをして、
次にロッカーの荷物を取りに学校に行った時には
7月の夏の日差しがギラギラと眩しくて、
痛みと暑さでめまいがした。

もう10歩も歩けない状態だった。

身体と心は、
まるでネジ巻式のオルゴールが、
最後の最後に、力をどう振り絞っても音を鳴らせずに、
出し尽くしました…って言っているみたいに、
空っぽになってしまった。

ああ、終わっちゃった…とつぶやいて、

前にも後ろにも進めずに、
校内の坂道で呆然と立ち尽くしていた。




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by shugeibu45 | 2017-02-17 16:05 | 痛みの記憶(体験記) | Comments(0)

余談ですが、

姪のみーこは素晴らしくポジティブ、
ときめきルンルンガールです。

頭の中の80%はルンルンで占められているらしい。

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なぜか、どや顔(≧∇≦*)


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数年前、本人がこの絵を描いたのも、
私と何か会話をしていて、
聞き間違いから、自分の頭の中を描いていた。

全然違う話をしていたのに(笑)




心配しない、悩まない、後悔しない、引きずらない。

ポジティブへのスイッチの切り替えが素晴らしく早い。

何か嫌なことがあっても、

「ああ、嫌だな~。(完)」
「面倒くさいな~。(完)」
「やっちゃったな~。(完)」

それで完結出来てしまうらしい。

それ以上あれこれ考えて心配したりはしない。

ひとつひとつを「。」(まる)と完結できたら
ものすごくいいよね。

心が病まないから、身体もきっと病まないね。

今を生きている感じが、みるひーみたいだね。

わんこは、ワンワン!と怒ったかと思うと、
振り向いた瞬間にはもうニュートラルな状態になっている。

呑気過ぎて、え??と思う事も、
イライラすることも時にはあるけれど、
あり方の、私の身近な良いお手本だなと思います。




17歳になったときめきルンルンガールは、
チア部でポンポンを振って、人の応援までしている。



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≪≪痛みの記憶1 
http://shugeibu45.exblog.jp/24618247/
≪≪痛みの記憶2 http://shugeibu45.exblog.jp/24684088/
≪≪痛みの記憶3 http://shugeibu45.exblog.jp/24689642/
≪≪痛みの記憶4 http://shugeibu45.exblog.jp/24695950/
≪≪痛みの記憶5 http://shugeibu45.exblog.jp/24745183/
≪≪痛みの記憶5-2 http://shugeibu45.exblog.jp/24981964/
□痛みの記憶5-3 http://shugeibu45.exblog.jp/25230350/

 Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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by shugeibu45 | 2017-01-24 14:04 | 痛みの記憶(体験記) | Comments(0)

「外的自我境界が弱い」とは何だろう。

カウンセラーさんが例えて教えてくれたのは、

「向こうの方でガチャンッとガラスの割れる音がするとするでしょ、
そうすると、自分が痛い!と感じるの。」

それ分かります。それ、あります。


近くの山の小川には、数年前まで生活用水が流れ込んでしまっていた。

その小川には色々な鳥がいるけれど、
鴨が水浴びをしたり、潜って餌をとっていることもある。

そうすると、汚れた水をまるで自分が飲み込んだように感じて
苦しくなり気持ち悪くなる。

汚染された水を取り込んでしまった鴨が
これからだんだん具合が悪くなって、
どうやって生きていくのだろう・・・と考えて、
リアルに想像してしまう。


いろんな場面でいちいちそういう事を考え、
自分の事のように感じ、想像してしまう。


だからこの頃は、
テレビで事件のニュースなどを見ることを控えている。



(追記)
見ることを控えているといっても、
家族がいるのでテレビはついています。
全くシャットアウトしていることではありません。

先日は、遠藤周作さんの映画化された「沈黙」の
キリスト教信者の処刑や拷問のシーンが流れていました・・・

私はラジオを聴くことが好きです。

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by shugeibu45 | 2016-11-28 13:08 | 痛みの記憶(体験記) | Comments(0)

痛みの記憶5

ここまで書いてみると、
何と苦しく我慢ばかりしていたのだろうかと思う。

身体は疲れて病む一方で、、
バカみたいではないかと悲しくなってしまう。

けれど、そうなってしまうのが私というひとだった。




実際、私の精神状態はあまりにも良くなかった。
良くない状態は物心つくころからすでにあった。

8歳の時、「空しいから死にたい」と母に言った。

「怖い」「空しい」がとにかくどっかりと心を支配していた。

3,4歳なんて、肉体を持った人生経験がほとんどないのに、
どこからこの思いが生まれたのか、
いつも疑問に思いながら生きてきた。



3年ほど前、再び心が辛くなり過ぎて
心理カウンセリングを受けた。

そこで、これらの「怖い」「空しい」は
「外的自我境界が弱い」と言いますと教えてもらった。

「特に名前を付けたり、気にする必要はないのだけどね。
そう言うのをレッテル貼(ラベル貼だっただろうか?)と
言うんだよ。」とカウンセラーは付け加えた。

だけど、学校生活は大変だったでしょう、と。

はい、とても大変でした。

とにかく、人の目や思いがたくさん気になり過ぎて、
へとへとになってしまうのだ。




幼いころ、異常に人見知りで、
ニコリともせずに固まったまま、いつも母の後ろに隠れていた。

食欲もあまりなく、
ブランコに乗せても漕ごうともせずに
じーっと座っている娘を、母は不安な思いで育てたことだろう。

幼稚園も小学校も怖くて行きたくない。

無理やりにバスに載せられて、毎日泣きながら通園していた。

初めてピアノのレッスンに行った時に、
一人でひけずに、母の指を一緒に持っていった。

友達と遊ぼうとしないので、母が友達に、
ようこと遊んでくれる?と電話をかけて、
遊びに行く。

けれど私は、わーい!と元気に遊ぶ事はなく
静かに人形で遊ぶ。

本当は、編み機でセーターを編む母の側で
静かに遊んでいる事が好きだった。

友達が多く社交的な母は、子供にもまた同じように
元気にみんなと遊んでほしいと思ったに違いない。




17歳で痛みを発症したころも
学校生活の中で大きな不安と焦りが渦巻いていた。

周りに人たちが、あまりにも元気で意気揚々と
そして、賢く見えた。

よーいドン!で社会という大海に勢いよく泳ぎ出す人たちを横目に
私は、泳げないと駄々をこねて、泳ぎだせないでいる
というイメージが浮かぶ。





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by shugeibu45 | 2016-10-24 13:19 | 痛みの記憶(体験記) | Comments(0)

痛みの記憶4

今から2年前に、京都のホリスティック(全的)な
医療をされているH医師を受診した。

そこで化学物質過敏症になっていることを指摘された。

化学物質である薬を飲んでいる限りは
痛みはなくならない、というのだ。

そういう訳で10年間飲んだ薬を止めることが出来た。

止めた後しばらくは、離脱の症状でとても苦しかったけれど、
その事は本当に良いことだったと思う。

そうすると、痛みを発症した高校生の時に病院に行き
薬を飲んでいなくて良かったという事になるではないか。


昨年にはシックハウスアレルギー科で
化学物質過敏症の診断を受けた。

受診前に20ページくらいもある問診票に記入するのだけれど、
もうそれだけで私は完全に過敏症患者だった。

17歳で発症したけれど、もっと前からあったと思うよ、と言われた。




大学1年の終わり頃のことだっただろうか、
クラスメイトが留学するというので、代わりに
パチンコ屋でドリップコーヒーを売るアルバイトを頼まれた。

そこで大量のタバコ成分を浴びた。

その事を「曝露する」と言うらしい。

美大生はあの時代は、誰も彼もがタバコを吸っていた。
教室もクラブハウスも至るところモクモクだった。

タバコからは逃げようのない環境にいた。

アドバイトで曝露した私は2日目で風邪をひき、
そのまま気管支炎になってしまった。
通院もしたけれど、中々治癒しなかった。

当然アルバイトもすぐに続けることが出来なくなった。




他には、食べても食べても満足感が得られずになっていた。
今思うと過食症のようになっていたと思う。


そして、不眠症にもなり、2日も3日も眠れない日が続いた。


痛みと気管支炎の苦しさ、
ストレス、恐怖、不安感、絶望感などで
自律神経が参って、相当おかしくなっていたと思う。


それらの症状も、最近になって受診した化学物質過敏症の
医師の著書を読むと、みんな当てはまっていた。


あの頃分かっていたら何か手を尽くせただろうか・・・。



痛みの症状で17年が経ち34歳くらいの時に
診断されることになる「線維筋痛症」にしても、
私が発症して10年以上は、日本ではほとんど誰も、
医師さえもまだ認知はしていなかった時代だったと思う。

とても残念なことに、アナウンサーの女性が
生後4ヵ月の赤ちゃんを残して自死してしまうという
悲しいことが起こった。

その方は線維筋痛症と診断されていた。

世間にその病名が知られることになったのは
その時からだと記憶している。


止むことのない痛みと不安、
日ごとに増す痛みと倦怠感は、人を絶望させる。



慢性疼痛の患者さんは、
大抵は慢性疲労症候群やうつ病と言われて
精神科に回されるというパターンだった。



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 Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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by shugeibu45 | 2016-10-03 10:42 | 痛みの記憶(体験記) | Comments(0)

痛みの記憶3

初めのころ、病院を調べたり受診しようとしなかったのはなぜだろう?

とは言え、あの頃は家庭にパソコンなんてまだ普及しておらず、
インターネットで簡単に調べるという事がなかった。
本や電話帳で調べるか、人伝に得る情報が頼り。


机に向かって勉強できない、
背中や首が辛くて下を向いて教科書を見ていることが出来ない。

泥のようにぐったりしているだけ。


知人のご主人が通っているという整骨院に通っていた。

車で40分もかかるし、とても混んでいて、
1,2時間も待つことになるので母には申し訳なかったけれど、
どんどん凝っていく身体をとにかくとにかくほぐしてもらいたくて、
学校帰りに1、2日置きに通った。


あの頃は特に腰痛がひどく苦しいと主に訴えていた。

確かに背中が固く腫れて盛り上がっている。

腎臓か肝臓か忘れてしまったが、
内臓が悪くなっているから、白いサルスベリの葉を
お茶にして飲むといいと70歳くらいの大先生は言ったと思う。



大好きだった部活の体操が出来なくなって途方に暮れていた。

進路をどうしようかとなった時に、美大進学を決めた。

ところが、
それもまた自分を苦しめることになる。



予備校に通い、英語などの勉強の他に
1日3~6時間座り続けて腕を上げてデッサンをし続ける。

白黒のものを長時間見つめることは
目に良くないということを後で聞いた。

頭痛も悪化する。

空腹になると神経性胃炎があり、お腹を抱えていた。
空腹が怖くて、ミルクティーを自販機で買ってよく飲んでいた。


神経性胃炎は12歳からあった。
下校の道端でしゃがみ込んだ。
子供だから胃が痛いという事が分からない。

お腹が痛いと訴えていたけれど、何か手当をした記憶がない。
それもまた仕方がないことだったと思う。

私が子供の頃から父は度々倒れては入院をしていた。
母は父の通院や介護で精神的にほとほと疲れていた。


胃痛と腰痛は繋がっている。
胃がんの人がそうだった。初めは背中が痛いと訴えていた。

腰痛は怒りであるという内容の本があったが、
それは確かにあると思う。
怒りや悲しみで神経が参って腰痛になることは
自分の体験からしてあり得ると思った。



美術予備校では、誰かが道で拾ってきた
やたら小さな背もたれ付きの椅子を
「腰痛ようこ」の専用椅子としてくれた。

そこに我慢して我慢して座り続けた。

私はどこまでも真面目だった。

そんなになってまでも罪悪感があって
休むことがほとんど出来なかった。



受験当日、肩も腕も背中もパンパンで、
顔面も痛みを通り越して麻痺したような感覚になっていた。

極度の緊張で一睡も出来ないまま受験して、

そうして、同じように苦しい一年が過ぎて、
一浪して入学した。



入学式の日、私の身体はすでに、
ボロボロのかすかすになっていて、必死に座っていた。

学部長の挨拶の言葉は、
「この学校は日本一課題が多くて厳しいです。
毎年、血尿が出る人もいます。
みなさんも覚悟してがんばってくださいね。」



・・・・(゚Д゚;)



美術が好きだなんて、、、
不器用な私は、予備校時代から1,2年生の間は
もうそこには1ミリも楽しさを見つけることが出来なかった。



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 Cherry Creek・手芸部☆ようこ
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by shugeibu45 | 2016-09-30 08:06 | 痛みの記憶(体験記) | Comments(0)