痛みの記憶3 痛みを抱えた学校生活


痛みの始まった初めのころに
病院を調べたり受診しようとしなかったのはなぜだろう?

とは言え、あの頃は家庭にパソコンなんてまだ普及しておらず、
インターネットで簡単に調べるという事がなかった。
本や電話帳で調べるか、人伝に得る情報が頼り。


机に向かって勉強できない、
背中や首が辛くて下を向いて教科書を見ていることが出来ない。

泥のようにぐったりしているだけ。


知人のご主人が通っているという整骨院に通ってみた。

車で40分もかかるし、とても混んでいて、
1,2時間も待つ事になるので
母には申し訳なかったけれど、
どんどん凝っていく身体をとにかくほぐしてもらいたくて、
学校帰りに1、2日置きに通った。


あの頃は主に腰痛が苦しいと訴えていた。

確かに右の背中が固く腫れて盛り上がっている。

腎臓か肝臓か忘れてしまったが、
内臓が悪くなっているから、白いサルスベリの葉を
お茶にして飲むといいと70歳くらいの大先生は言った。



大好きだった部活の器械体操が出来なくなって途方に暮れていた。

進路をどうしようかとなった時に、美大進学を決めた。

ところが、
それもまた自分を苦しめる事になる。



予備校に通い、英語などの勉強の他に
1日3~6時間座り続けて腕を上げてデッサンをし続ける。

白黒のものを長時間見つめる事は
目に良くはないと後で聞いた。

頭痛も悪化する。

空腹になると神経性胃炎があり、お腹を抱えていた。

空腹が怖くて、ミルクティーを自販機で買ってよく飲んでいた。


神経性胃炎は12歳からあった。
下校の道端でしゃがみ込んだ。
子供だから胃が痛いという事が分からない。

お腹が痛いと訴えていたけれど、何か手当をした記憶がない。

それもまた仕方がないことだったと思う。

私が子供の頃から父は度々倒れては入院をしていた。

母は父の通院や介護で精神的にほとほと疲れていた。


胃痛と腰痛は繋がっている。
胃がんの人がそうだった。
初めは背中が痛いと訴えていた。

腰痛は怒りであるという内容の本があったが、
それは確かにあると思う。
怒りや悲しみで神経が参って腰痛になる事は
自分の体験からしてあり得ると思った。



美術予備校では、誰かが道で拾ってきた
やたら小さな背もたれ付きの椅子を
「腰痛ようこ」の専用椅子としてくれた。

そこに痛みを我慢して座り続けた。

私はどこまでも真面目だった。

そんなになってまでも罪悪感があって
休むことがほとんど出来なかった。



受験当日、肩も腕も背中もパンパンで、
顔面も痛みを通り越して麻痺したような感覚になっていた。

極度の緊張で一睡も出来ないまま受験して、

そうして、同じように苦しい一年が過ぎて、
一浪して入学した。



入学式の日、私の身体はすでに、
ボロボロのかすかすになっていて、必死に座っていた。

学部長の挨拶の言葉は、
「この学校は日本一課題が多くて厳しいです。
毎年、血尿が出る人もいます。
みなさんも覚悟してがんばってくださいね。」



・・・・ガーン !



美術が好きだなんて、、、
不器用な私は、予備校時代から大学1,2年生の間はノルマはこなしていただけで、
もうそこには1ミリも楽しさを見つける事が出来なかった。



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by shugeibu45 | 2016-09-30 08:06 | 線維筋痛症体験記【痛みの記憶】 | Comments(0)

痛みの症状(線維筋痛症・化学物質過敏症)があるけれど、ささやかな手芸活動Cherry Creek(手芸部☆ようこ)と大切な友達との繋がり、自然に触れる事で癒されている日常を書いています。(since2012.12)


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