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人生相談 我が家の反響1


毎日新聞には日替わりで
作家の高橋源一郎さんや光浦靖子さん、
落語家さんなどが回答者の人生相談コーナーがあります。

どの回も、うむ、、なるほど~と思わせてくれるものが多いです。


2017年7月4日は渡辺えり子さんでした。

昨年の夏、
ちょうど私がアパートを探し始めた頃に掲載されました。


この記事はとても反響があり、SNSでは炎上するようなことにもなっていたようです。




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父は身体が弱くて、何度か大病で倒れて入院しています。

42歳の時には、
アメリカ出張で脳梗塞で倒れました。

一時危篤となり、
確か、翌日に母が大使館からビザを受け取り、
直ぐにパスポートを作って貰い、
アメリカに慌てて飛んでいくことになりました。

父は命を取り留めて、
アメリカでの治療、療養を1か月半受けてから、

鼻からチューブを入れた状態で
ストレッチャーに乗ったまま帰国して、
空港から救急車で日本の病院に入院しました。


その時の孤独と不安は、母の相当なストレスになってしまいました。


父は退院してしばらく療養してから仕事に復帰しました。

度々終電で帰ってくる父を、
またそこら辺で倒れているのではないかと
母はとても心配し、毎日深夜まで大変でした。

携帯電話など無い時代でしたが、
連絡ひとつしてくれたら
それで少しは母の心配も
軽く済んだのでしょうが、、、

父にはそれが出来なかった。

人の気持ちを汲み取ることがとても苦手です。

何を心配されているのか、
なぜそんなに怒っているのか、
どうしたらその不安がなくせるのか、、、

考えることも気が付くこともなくて、
まるで理解が出来なかったようです。

……
そのことについては、
また別な機会に書くかもしれませんが。

我が家の場合は、
話せないような関係を作った
ということもあるかと思います。

作家のかっこちゃん(山元加津子さん)が
先日12月1日のメルマガで
ある記事を紹介していました。

レッテル貼りはしなくていいのですが、
父もこのような感じなのだと思います。
https://toyokeizai.net/articles/-/251763?display=b
……

会話もほとんどなくて、
意思の疎通がないものですから、

母は朝起きた時から不満を言うようになり、

10歳の長女の私はひたすら聞き役でした。

母が可愛そうと思って、
父を恨むようになっていました。


住む家もあって、家族もいて
形は幸せな家族のようだけれど、

お互いをいたわり、
心を通わせることがなく

内側ではどんどん冷たくなって、
家族の関係が破綻していきました。


私も小学校で友達関係で
ひどくつらい時期でした。

常に友達の行動に気を使い、
拗ねて怒って機嫌を損ねる友達に
許すと言われるまで
ひたすら謝り続けなければなりませんでした。

その子の家庭の問題のストレスの鬱憤払らしで、
理不尽なゲームのようで、

3年間の長い間、異常な事が続いていました。

学校でも、家の中でも自分の気持ちを押し殺して、
能面のようになって、
傷付いてないよという振りをしていました。

神経性胃炎になっていたらしく、
下校の道端でお腹を抱えてしゃがみ込んでいたけれど、
何も処置されないまま放置されてしまった。

誰にも苦しい気持ちを気が付いても貰えずにいて、

幻聴が聞こえるようになり、
異常な程のこだわりの確認行動をする
強迫神経症の症状が強く出ていました。

神経質な子だねと思われるだけで、
それでも、それが何を意味するのか、
子供の心の状態を気にしてくれる大人は
いませんでした。


更に、
生まれながらにひどく敏感で不安気質な私は、
とうとうと言うか、当然のごとく
17歳で身体中の痛みを発症したわけですが、

それが後に線維筋痛症と診断されて
今日まで30年間一度も治ったことがありません。


そこで、『身体の痛い弱いようこ』が
出来上がってしまいました。

それは、
母とは共依存の関係になる事を更に助長しました。

母に
何でも決められ、
意見されて、
有無を言わさずに
母に選ばれたものを与えられて、
愚痴を聞いて、
そして、私も聞いてもらっていて、、、


いつの間にか、
母と考えが同化して、
自分の人生なのに、
母と同一の人生を生きているような
おかしな状態になっていました。

だけどまだ気が付いていません。


慢性の疼痛は全身の苦しみとなり、
大学を休学、中退して、
ほぼ寝たきりも体験し、

そして、少し回復しても、
痛みは取れずに、

家から自立する事には
当然至りませんでした。

まだまだ相当な痛みがあったし、

彼氏との幸せな未来よりも、
弱い私は、母の側に居て
助けを借りないと生きていかれないと
思い込んでいました。

彼の抱く夢はもしかしたら
私を開放してくれるものだったのかもしれません。

だけど、その夢はその時の私にとっては
不安と心配だらけで、
とても希望ととらえることは出来ませんでした。



2へ続く。
https://shugeibu45.exblog.jp/27759520/

CherryCreek・手芸部ようこ
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by shugeibu45 | 2018-12-26 09:17 | 心・マインド | Comments(0)

痛みの症状(線維筋痛症・化学物質過敏症)があるけれど、ささやかな手芸活動Cherry Creek(手芸部☆ようこ)と大切な友達との繋がり、自然に触れる事で癒されている日常を書いています。(since2012.12)


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