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痛みの記憶9 痛み地獄


五感の敏感さも異常さを増していった。

音も光もすべてが痛みとなった。


妹が、見て、これを買ったんだ!と
目の前に洋服を差し出した。

それが痛みとなって飛び込んで来た。

バットで殴られたかと思うくらいの衝撃を受けて泣き狂った。


目に入るものすべてがそんな具合になっていった。

部屋の本棚の本が目に入らないようにと白い模造紙で覆った

蛍光灯もまぶしくて、ローソクを灯して過ごした。



ある時、母が私のすぐ後ろで、
スーパーのビニール袋を畳むために
上下を持ってパーンと引っ張った。

その音に異常な痛みの衝撃を受けて、
痛い!やめて!!と叫んだ。



父がおはようと声をかけてくれた。
その声が衝撃となり頭痛が起こる。

家族に声をかけないように頼んで、耳栓をして自室で過ごした。

これは10個も使い潰した。
後に、溜めておいた箱10個を景品の耳栓と交換したので覚えている。


痛みを感じると、2,3日はとても苦しむことになった。
その時に出てくる恨みの感情に自分が恐ろしくなる。

家族には声をかけないでとお願いをして、
電気を消した暗い部屋で、
母とだけ最低限必要な一言を気を付けながら
ひそひそ声で交わすだけの生活。

身体中の激痛と強い吐き気で毎日ただ横たわっていた


空しくて苦しくて泣くのだけど、むせび泣くだけの体力がない。

ただ流れる涙をたれ流すだけ。
それをぬぐうために腕を持ち上げる体力もない。


線維筋痛症の痛みはよく
「血管の中をガラス片が流れるような痛み」と表現されて、
身体を触ることが出来ない人がいる。

私の場合は特に何か動作をしなくても、
身体がどんどん凝り固まって来てしまい、
30分置きにでもマッサージして欲しかった。

髪の毛と爪以外はまるで細胞の全部が
意思を持っていて、
ギャーーと叫び声を上げているような
これ以上ないと思えるほどの壮絶な痛みを感じていた。

もしかしたら、原爆にあった人たちは
こんな感じだったのではないかと思っていた。


母は横たわる私に、
「どうしてあげたらいいんだろう…。
髪の毛だけは良く産んであげたね…」と私のサラサラの髪の毛を撫でて小声で呟いた。


1分、10秒、、、時が過ぎるのが恐ろしく長く感じた。

10年、20年と時が一瞬に過ぎてくれたらいいのに、、と
時間と未来を恨めしく思っていた。


拷問のような、幽閉されているような生活に
どうしてこんな事になっているのだろうと悶々とする。

自分が悪かったのかとも思えてくる。

ほんの些細な意地悪や嘘や、
これまでの自分の行いを思い出して、
ぐったりと気持ち悪いお腹を抱えて、
床に頭を付けて、
ごめんなさい、ごめんなさいと懺悔した。

また、
子供のころに遊んでいた小さな人形を抱えて
それが自分の未来の子供のような存在に思えて、
「今はこんなに苦しいけれど、
お母さんはあなたたちにいつか会うためにがんばるよ…」
などと話しかけたりしていた。


細くて繊細な今にも切れそうな心と命を
ぎりぎりのところで皮一枚で何とか繋いでいたという感じ。



あのころの夢は、
母と5分間話ができたらいな。
ラジオを30分聴けたらどんなに世界が広がるのだろう…
というものだった。

そんな日が来るなんてとても信じられなくて、
果てしない遠い未来のことのように思えていた。




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by shugeibu45 | 2019-01-08 09:21 | 線維筋痛症体験記【痛みの記憶】 | Comments(0)

痛みの症状(線維筋痛症・化学物質過敏症)があるけれど、ささやかな手芸活動Cherry Creek(手芸部☆ようこ)と大切な友達との繋がり、自然に触れる事で癒されている日常を書いています。(since2012.12)


by 手芸部ようこ
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