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痛みの記憶16 私の中のみんな


こんなに痛くて、苦しくて苦しくて
正直死にたいと何度も思った。

っていうか、毎日何度も思っていた。

多分、身体をなくしてしまう事は
案外簡単に出来るのかもしれない。

だけどそれをしなかった。

物理的には近くに高い建物がなかったし、
もしあっても、そこまで行く体力がなかった。

けれど、やっぱりあってもしなかったと思う。


それは、
身体だけなくしても
私をなくせない事をなぜだか知っているから。


たとえ死のうとしても、
足が無くなろうと、半身不随になろうと
私は簡単には死なせてもらえないことを
いつも感じている。

それに、
肉体的にも更に痛みが増えるだけ。

それはもう絶対に無理!!!!





幼い頃にいつも思っていた。

「わたし」っていうこの感覚はなあに?

死んだら、この「わたし」っていう感覚はどうなるの?




身体にしてもこんなことを思っていた。

一滴の水
それは誰かや何かだったと。

その水はみんなを通って
みんなの気持ちが詰まりすぎている。


雨が降って、木々に降り注ぐ。

雨は草花に当たり、虫に当たり、
小鳥に当たり、熊に当たり、人に当たり
みんなを通り過ぎていく。

水たまりになり、
人や動物たちに飲まれてそのからだに入り、
おしっこになる。

それが土に染み込み、川に流れて、
蒸発して、雲になり、雨が降る。

葉っぱや虫や動物や人のからだが死んで、
溶けて、流れて、蒸発して、
雲になり、雨が降る。

また川に流れ、
魚の口に入り、そのからだを通る。

やがて
蒸発して空へ行く。

再び雲になり、雨になり、雪になり、
また地球に降り注ぐ。



この一滴の水には
あまりにも多くのみんながある。

それを私が飲む。

そのみんなのからだを通った水は私になる。

誰かや何かを通過していない水は
一滴もないのかもしれない。
空気も然り。



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そして、
そこにはきっと
それぞれの「わたし」という思いがある。

その思いは死なないのだと。


だから、苦しいままでは死んではダメなのだ。
また次も苦しい。
もっと苦しみが増える。どんどん積み重なっていくという思いがあるから。

これ以上の苦しみはもう無理、、、。

それが私が自分で死ななかった理由。




昨年、ある心理療法を受けた。

そこで、初めてキメラという言葉を聞いた。

キメラという存在の捉え方は、
私が幼い頃から思っていた
私の中にいるみんなという感覚もそうなのかもしれない。

その療法で取り扱うキメラとはちょっと違うのかもしれないけれど、

正しいとか間違っているとかはどうでも良くて、
私が納得したのでそれでいいと思っている。



こんな風に思いを書きはじめたり、
私を突き動かす思いは、
時には自分だけのものじゃなくて、
たくさんのみんなの思いでもあるのかな。

そして、
全部がひとつということなのかな。



次はもう肉体を持ちたくないって思ってしまう。
だけど、そう思っているうちは無理かな。

辛かった思いを、ありがとうって光に変えられたら
次はもう苦しまない生き方が出来るかな。

だけど、
それが出来るのはこうして肉体があるからなんだってね。

宇宙の暗闇にたった独りきりだったら、なんの変化も起こらないもんね…。


だったら既にありがとうだね。本当は。



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by shugeibu45 | 2019-01-15 11:11 | 線維筋痛症体験記【痛みの記憶】 | Comments(0)

痛みの症状(線維筋痛症・化学物質過敏症)があるけれど、ささやかな手芸活動Cherry Creek(手芸部☆ようこ)と大切な友達との繋がり、自然に触れる事で癒されている日常を書いています。(since2012.12)


by 手芸部ようこ
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