こんともちゃんの東京講演会


「あ〜ちゃんの虹」の著者
滋賀県のお友達こんともちゃんの初の東京講演会が渋谷であります🌈✨✨
2019年2月25日(月)


6歳でお空に旅立った娘のあ〜ちゃんの命のメッセージ。。。



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諄ちゃんや横浜のかっこちゃんたち、
白雪姫プロジェクトで知り合った優しい仲間達が主催してくださり、
こんともちゃんも心強いですね╰(*´︶`*)╯♡



フェイスブックページより
https://www.facebook.com/events/2077873838974362/
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詳細 

滋賀県長浜、関西方面を中心に講演活動をされている林ともこさん(こんともちゃん)初の東京講演会
講演内容は… 娘と伝える命のメッセージ。
「今日一日を命いっぱい生きること」
「大切な想いを今日伝えあおう」
「だめな子もだめな人も一人もいない」
虹をかけて6歳で旅だった娘と共に 
本当はみんな知っていることを
気づき直すきっかけとなるよう
 虹の種をお届けしたいと思います🌈


「あ~ちゃんの虹」は、文芸社という出版社から2013年に発行されました。「総動脈幹遺残」という重い先天性の心疾患を抱えて生まれてきて、小さな体で手術に耐え、何度も危機を乗り越えている娘さんのあ~ちゃんこと明音ちゃん。「あ~ちゃんの本を書きませんか?」とこんともちゃんが出版社の人に声をかけられたのが、2011年の11月。明音ちゃんに「母ちゃん、明音の本を書いてもいいか?」と聞いたら、あ~ちゃんは満面の笑みを返してくれたのだそうです。そうして書き始められた本でしたが、12月にあ~ちゃんはお空にかえっていきました。まだ第1章も書き終えていない、本当に突然の出来事でした。当然、本のことはすっかり忘れ去られて、こんともちゃんの家族が生々しい悲しみの中で時がとまったような日々を過ごしていた頃、再び文芸社の方から連絡。こんともちゃんは、「明音のことが書けるのは世の中で私だけ。この6年間をずっと一緒に過ごして、明音を見つめてきた私だけ」、そんな思いで、もう一度書き始めます。突然お空にかえったあ~ちゃんのように、自分だって必ず明日を迎えられる保証はないんだと気づいたこんともちゃん。何が起きるかわからないから、今日のこの一日を命いっぱいに生きよう、あ~ちゃんの本を書こうと決めたのです。



イベント参加のお申し込みは 
https://kokucheese.com/event/index/552050/


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私は渋谷はちょっと無理そうなので、まだ未定ですが、、
前日の府中のイベントに少しだけ参加出来たらと思います🍀

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こんともちゃんは私にとっても大切な友達。

いつも一生懸命に命の大切さを伝えてくれる。

会えると思うと今から涙が出てしまうよ。


お知らせがギリギリになってしまいごめんね。

初東京講演会おめでとう!

仲間に囲まれて東京を思い切り楽しんで、愛を振り撒いてね(๑˃̵ᴗ˂̵)♡



 CherryCherry・手芸部ようこ

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# by shugeibu45 | 2019-02-20 08:30 | イベント | Comments(0)

波間にて〜原田郁子さんの歌が好き


クラムボンの原田郁子さんの歌が大好きで、毎日聴いています。
夜に静かに聴くのにぴったり。

自分のためのプレイリストを。

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「波間にて」(2:29~)
https://www.youtube.com/watch?v=ZKBcuPWA8gY







忌野清志郎さんと最後に作った曲
「銀河」
https://www.youtube.com/watch?v=jL2qDlXDk9E






そっと そっと 手をつないで
どこまでも どこまでも もぐってみよう
だれもこないから 安心して
きみのなかに ある 宇宙をみせて
ぼくらは銀河の星つぶだよ 遥かな銀河の星つぶだよ





ライブ版もいいです~♪
「銀河」
https://www.youtube.com/watch?v=D6aeKj93gas&list=RDD6aeKj93gas&start_radio=1#t=21







七尾旅人さんとのライブも最高!
お二人とも無垢な声が切なくて、、これはミラクルだ☆

「青い闇をまっさかさまにおちてゆく流れ星を知っている」
https://www.youtube.com/watch?v=TXwtEhKGCtE







面白いの見つけた。
七尾旅人さんの「犬たちのためのコンサート」
https://www.youtube.com/watch?v=fxOU5ECkFaM






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# by shugeibu45 | 2019-02-15 14:31 | 音楽 | Comments(0)

叔母の足。それぞれの痛み


父のお葬儀の日、
私は痛みの強い時期で、頭や首が痛くうずいていました。

大寒波も来て翌々日は雪が降ったので、
気圧の変化もあったとも思います。

途中、横になって休めたら有り難いと思っていたら、
前日に担当の方が、お食事のお部屋を和室に変更してくれました。

父の弟のお嫁さんは足が悪く、引きずって痛そうでした。

低い椅子が用意されましたが、
和室になってしまってごめんなさいね…とお詫びしました。


叔母は気仙沼の出身。
あの震災で、実家が跡形も無く流されて、
両親のお位牌だけが海に浮かんでいたそうです。

町長をされた事のあるお父さんのお葬儀が3日間続いて、
その時に膝を悪くしたと言っていました…。

震災の前の事だけれど、
自分達が定年後に暮らそうと思って、
荷物を運んで置いてあったそうです。

もちろん、近所の方々はみなさん…。

どんな日々を過ごしてきたのかと思って、胸が苦しくなった。





あの震災の日は、
父が北里大学病院に入院しました。

その前年の秋に交通事故に遭い、足に大けがをした。

運ばれた院内で肺炎になり、血痰が出ていましたが、
気が付いてもらえずに重症になり、
見立て違いで呑気なことを言っているうちに危篤となりました。

病院から病院へ、さらに大きな病院に運ばれて、緊急で気管切開しました。

せん妄状態になっていて、
夢の中で、孫が、おじいちゃんを助けてください!と
架空のモリ ナルト先生にお願いしてくれたから助かったのだと筆談で伝えていました。


肺炎が治り、父は生還しました。

すると今度は、
骨折した足を固定していたプレートが、手術ミスで折れていることが分かりました。

その再手術のためにかかりつけの北里大学病院に母が運んで、
その帰り道であの震災が起こりました。

踏切がどこも閉まってしまったので大渋滞になり、
母は裏道をぐるぐると遠回りをしながらやっとの思いで帰ってきました。



とても寒い日で、
雪が舞って来て…、
停電して、
放射能が降っていると聞いて…。

翌日から私は熱を出してインフルエンザにかかっていました。




そんな風に我が家には
父の病気や事故や入院や退院した日の思い出がたくさんで、
さら私の病いも加わってしまい、

そのたびに母は右往左往してきたけれど、

父とのそんな日々はもう終わった。

みんながそれぞれ悩み苦しみ、
それぞれの役割りをがんばった。


ゆっくり休んで欲しいけれど、
母は喪失感でいっぱいのようです。

夫婦ってそういうものなのかな…。


やっぱり、父の、夫の存在感は大きいものです。

母は大変だし悲しみも大きいけれど、
そういう風に思えて良かったねとも私は思っている。




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動画は気仙沼の人々の事をお話しされている山浦玄嗣さんの講演。











# by shugeibu45 | 2019-02-11 12:24 | 心・マインド | Comments(2)

あの後の父は、


あの後、父は亡くなりました。

入院して6日目、1月30日の夜でした。

また治って戻って来てくれると信じていたので、
家族も驚いています。


やっと親族と父のお世話になった方で小さなお別れ会をしました。

私が過敏症なので、お焼香もお線香も百合などの香りの強いお花もなしで、

大好きだったジャズを流して、ピンクのお花とキャンドルで明るく飾りました。

この一番寒い季節に雪を降らせないでくれてありがとう*

私も痛み止めを2回飲みましたが、
何とか見送ることが出来てホッとしています。






亡くなるその日、
病院にすぐに来て!と母から呼ばれる前に、
みるひーと散歩しながら、山の父の畑に行ってみました。

畑の隣の藪の笹が綺麗に刈ってあって、奥に入る道が作られていました。

畑の仲間によると、何やら一生懸命に切り拓いていたらしい。

庭も綺麗に片付けられていて、

こんな事は初めてで、
どうしたんだろう?と驚いていたのでした。

私が山から拾って来た枝とか、たくさんあるプランターの植物とか、、

そういう植木ゴミを山に運んでいたみたい。

腐葉土にするための落ち葉も集めては畑に運んでいたようで、、

色んな事をし過ぎていたから、
無理しちゃダメだよと言っていたんだよ、、と仲間のおじさんが教えてくれました。




母は、最後に会えた日にありがとうって言われたの!と何度も言っていました。


私が最後に会話したのは、救急車で運ばれた日。

「夜中にトイレで立てなくなっていて、腰も肺も辛そうなのに、
病院には絶対に行かないと言うので、ようこから説得して!」
と母から電話があった。


「お父さんは身体が弱いんだから、
大ごとになる前に病院行こうよ。
また土日になると休みで面倒になるよ。
早めに診てもらって、何でもなかったらそれでいいんだから…」

とゆっくりと伝えた。
そこに焦りや不安や責める思いは入れずに。

すると、
うん。とだけ言って電話を切ってしまった。


母がそのあと直ぐに救急車を呼んで、運んでもらった。


もう、また〜!夜中まで無理をしてるから〜!と責められたり、
焦ったり、不安がったり、、
そういうマイナスのエネルギーの中では
父は動けない。

そのことが分からないから、どんどん辛くなっていた家族。




救急車の中で、
今している翻訳の仕事は断る?と聞くと、
「いや、まだ。」と言う。

まだ続きをして、提出するつもりでいた。


いつも、かなり楽観している。

心配や悩み事はないと言う。

争いを好まず、自分からは誰かを責めたり怒ったりということもまずない。

そういう威圧的な、嫌な波動が一切ない。

独りを好み、いつも平らで淡々として、

思いや感情を言葉にすることは苦手だったけれど、
その日を穏やかに過ごすことで精一杯だったのかな。



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最期の日、
大人になってから初めて握った父の手。

普段は触られることが大嫌いだったけれど、
もう昏睡状態だったから。

手を握って、
思っていることを伝えた。


もう亡くなってしまった後、
私、実はお父さんの指の形が好きで、
見るとなぜか安心するんだよね、と言うと、

姪っ子が、
ようこちゃんの手って、おじいちゃんとそっくりだよ。ずーっとそう思っていたよ。と言った。

え、そうだったの?
全く気が付いていなかったよ。




3人の臨死体験をした方の本を読んでいたので、
父が今どのような状態あるのかを想像出来て、
苦しんではいないなということが分かったので、
不安はありませんでした。





亡くなってからお葬儀までに10日もありました。

家族が亡くなり、静かにしていたい時なのに、
お葬儀の色んな事を決めないとならなくて、
打ち合わせが何度もあって、

更に公のや何やら諸々の手続きがあり、

電話もひっきりなしで、
色々な方の色々なご意見もいただき、

こんなに大変なんだ、、と正直言って家族で疲れきっていました。

手続きの殆どを妹が動いてくれていて助かります。
でも疲れて風邪引いちゃった。


姪っ子も随分大きくなっていて、
色んな事を一緒に考えてくれたり、
ようこちゃんの悩みは小さい!と言われてしまったり、、苦笑
今年はもうハタチだもんね。




父の最期の無言のメッセージをちゃんと受け取れるような家族になりたいです。

みんなで助け合いながら生きていきます。

これからもよろしくお願い致します。



*父の事はお気持ちだけいただきますね。)

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# by shugeibu45 | 2019-02-09 04:51 | 日々の出来事 | Comments(0)

家族が入院するとする事


家族が入院すると、家で待機組の私は料理を作る。

スープや野菜のおかずをたくさん作る。

今回もそうだった。
家に帰っても、アパートでも。

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たまたま昔のブログを見ていたら、
4年前に母が入院した時にも同じ事を書いていた。



忙しい時にも、どんなに辛い時でも
少しはお腹はすく。

帰って直ぐに温かいスープでお腹をみたせば
疲れも悲しみも半分になるだろうか。



先日、Facebookでお友達がスープメーカーを紹介していた。

そうだ、私もずっと欲しいと思っていたのだった。
思ってもいつもそのままだけど、
あれば便利だろうなぁ。


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# by shugeibu45 | 2019-01-28 11:30 | 食べもの・食養法・料理 | Comments(0)

痛みの症状(線維筋痛症・化学物質過敏症)があるけれど、ささやかな手芸活動Cherry Creek(手芸部☆ようこ)と大切な友達との繋がり、自然に触れる事で癒されている日常を書いています。(since2012.12)


by 手芸部ようこ
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